忘却の彼方へ

現実のしくみ
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いつもブログにお越しいただきありがとうございます!私はというと…潜在意識のことや願望実現の事、このブログの存在や色んなことを忘れて日々生活しています。たまにふと思い出した時、書きたい事が思い浮かんだ時、画面の向こうのあなたを想ったときにここに戻ってきています。

今日は忘却の彼方というフレーズが頭をよぎったので、それについて書いていこうと思います。

私にとってまさに今書くべき内容なのです。

私が本当にどん底に居た時に潜在意識のこと願望実現のこと現実のしくみについてが降ってわいたように情報がどんどん入ってきました。それは私がそれを求めていたからなんだと思います。

現実のしくみがわかってから何か変わったのか?

変わったと言えば変わったと思いますが、変わってないと言えば変わっていません。
変わりたい変えたいと熱望している方にとっては酷な話かも知れませんが、現実はただそこにあるだけという意味では全く変わっていないとも言えます。ただ、見方、捉え方、認識は変わったのかも。

現実のしくみがわかったとしても、日常生活において負の感情(表現上)はあります。「苛つく」「悲しい」「腹立つ」「落ち込む」といったネガティブ(表現上)な感情は湧いてきます。人に対しても「ムカつく」「嫌い」という感情を持つこともあります。

現実のしくみがわかるということと、ポジティブな感情だけを持ち続けるということは必ずしもイコールではありません。現実のしくみを知るということは、「そうなんだ」ということを知るということです。しくみを利用することは可能です。

時間と共にそのこと(現実のしくみ)を意識しなくなったり、忘れたりします。ただ、知ってはいるので、思い出したり利用したりはします。

諸行無常

人は忘れる生き物です。私がこのサイトで書いている体験をした頃の記憶、感覚、感情はもうすっかり薄れてしまい忘れてしまっています。ただ、そうであったという事実のみを覚えています。

でも、それで良いんだと気付きました。恐らくそれを維持し続けることは不可能ではないかと思っています。なぜなら人は忘れる生き物だからです。

きっと、そこへたどり着いて、そこから感覚が薄れようとしている時、不安に思ったり焦ったり足掻いたりするかも知れないけれど、そうであっても良いし、そうでなくてもいいということに気付くと思います。

ひょんなことから思い出したりもします。感覚として、意識として、イメージなどが頭に浮かぶことがあります。でも、それも保持できるものではなくすぐに過ぎ去ってしまいます。

諸行無常とはこういう事なんだろうなぁと思ったりします。

忘却と再会の繰り返し

忘れてしまったからといって、それまでの経験や気づきが無意味になるわけではなく、むしろそれはちゃんと私の中に蓄積され、必要なときにふと顔を出してくれるものなんだと思います。

現実のしくみを「知っている」からといって、常に完璧でいられるわけでも、ネガティブを完全になくせるわけでもない。でも、それでも良いのだと思えたとき、きっと自分自身が少しだけ楽になれる。

まとめると──
人は忘れる生き物だけれど、必要なものはちゃんと必要なときに戻ってくる。忘れることも、思い出すことも、すべて自然であっていい。
そんなふうに肩の力を抜いて、自分のペースで生きればいいんだと思います。

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